「寝穢い(イギタナイ)」
知人(還暦)は他者を批評する際に、よくこの言葉を使う。
「寝穢い」
”いぎたない”と読むのだが、
「居汚い」
という漢字をイメージして聞く人もいるのではないでしょうか。
というか、批判しているご本人も、その漢字のイメージで話しているように思われ、毎度、う~んなんか言葉が違う…言いたいことはわかるんだけど…と、本題と違うところで考え込んでしまいます。
比喩として考えてみれば、寝穢い(眠りをむさぼる/寝相が悪い)=いつまでも心地よい環境に居座る/無意識のうちに慎ましさを欠いている、と、連想できなくもないので、しばしば国語原理主義の方々が鬼の首を取ったように「ほ~ら間違ってるぞ。無知なくせに知ったかぶりすんな」とばかりに全否定、するほどの間違いでもないのかな、と国語左翼の筆者などは寛容に思うわけです。
言葉は生き物。
使われながら変化していく。
進化も退化も、突然変異も。
だから「本来こういう意味なんだ」という、言葉の成長過程の一時期のことに、あまり厳密に固執していると、言葉はすたれていってしまうのじゃないか、という気がするのです。
確かに、”イギタナイ”というサウンドが、「居住まい」が「汚い、締まりがない」という意味合いに結びつきやすい、というのは、漢字という象形文字を使いながらも古代より”言霊”信仰の民族である日本人ならではの、ありがちな思い込みかもしれません。
筆者が「寝穢い(イギタナイ)」という言葉を、上記のような間違いをおかさないようにピリッとl心に留めたのは、(おそらくほとんど)無名の小説家・真弓田貴志夫氏の小説「桜桃の味」を読んだ時のことと記憶しています。
深窓の令嬢が寝坊をして、すっかり人々が働く時間に目を覚ました時に、お手伝いさんに叱られた場面で使われていました。
「若い娘が、寝穢い」
と。
真弓田さんの文体…なんていうこをに踏み込んで言うには筆者はあまりに素人なのですが、おっとりした流れの中に戯れる言葉が豊穣なのです。
この感じをなんというか、という「この感じ」を言うための言葉のアーカイブがあるのが、職業(プロフェッショナル)としての小説家なのだなぁと思います。
なぜそんなアーカイブを持ちうるかといえば、それはもうたくさんの文字、言葉、文学を読み倒して来て滋養と化すしかないわけで、それは引用という事ではなく、文化の継承なのですね、言葉を組み立てるというのは。
さて、今日、なぜこんな話題になったかというと、日経ダイアモンド・オンライン版の記事「赤字家電3社が新社長に内部昇格者を選んだのはガバナンスの大失敗」 (連載・シリコンバレーで考える/安藤茂彌)を読んで、ふと”イギタナイ”って言いそうな状況だなぁ、と思ったからです。
http://diamond.jp/articles/-/17790
寝穢い(眠りをむさぼる/寝相が悪い)=いつまでも心地よい環境に居座る/無意識のうちに慎ましさを欠いている、という連想において。
「寝穢い」
”いぎたない”と読むのだが、
「居汚い」
という漢字をイメージして聞く人もいるのではないでしょうか。
というか、批判しているご本人も、その漢字のイメージで話しているように思われ、毎度、う~んなんか言葉が違う…言いたいことはわかるんだけど…と、本題と違うところで考え込んでしまいます。
比喩として考えてみれば、寝穢い(眠りをむさぼる/寝相が悪い)=いつまでも心地よい環境に居座る/無意識のうちに慎ましさを欠いている、と、連想できなくもないので、しばしば国語原理主義の方々が鬼の首を取ったように「ほ~ら間違ってるぞ。無知なくせに知ったかぶりすんな」とばかりに全否定、するほどの間違いでもないのかな、と国語左翼の筆者などは寛容に思うわけです。
言葉は生き物。
使われながら変化していく。
進化も退化も、突然変異も。
だから「本来こういう意味なんだ」という、言葉の成長過程の一時期のことに、あまり厳密に固執していると、言葉はすたれていってしまうのじゃないか、という気がするのです。
確かに、”イギタナイ”というサウンドが、「居住まい」が「汚い、締まりがない」という意味合いに結びつきやすい、というのは、漢字という象形文字を使いながらも古代より”言霊”信仰の民族である日本人ならではの、ありがちな思い込みかもしれません。
筆者が「寝穢い(イギタナイ)」という言葉を、上記のような間違いをおかさないようにピリッとl心に留めたのは、(おそらくほとんど)無名の小説家・真弓田貴志夫氏の小説「桜桃の味」を読んだ時のことと記憶しています。
深窓の令嬢が寝坊をして、すっかり人々が働く時間に目を覚ました時に、お手伝いさんに叱られた場面で使われていました。
「若い娘が、寝穢い」
と。
真弓田さんの文体…なんていうこをに踏み込んで言うには筆者はあまりに素人なのですが、おっとりした流れの中に戯れる言葉が豊穣なのです。
この感じをなんというか、という「この感じ」を言うための言葉のアーカイブがあるのが、職業(プロフェッショナル)としての小説家なのだなぁと思います。
なぜそんなアーカイブを持ちうるかといえば、それはもうたくさんの文字、言葉、文学を読み倒して来て滋養と化すしかないわけで、それは引用という事ではなく、文化の継承なのですね、言葉を組み立てるというのは。
さて、今日、なぜこんな話題になったかというと、日経ダイアモンド・オンライン版の記事「赤字家電3社が新社長に内部昇格者を選んだのはガバナンスの大失敗」 (連載・シリコンバレーで考える/安藤茂彌)を読んで、ふと”イギタナイ”って言いそうな状況だなぁ、と思ったからです。
http://diamond.jp/articles/-/17790
寝穢い(眠りをむさぼる/寝相が悪い)=いつまでも心地よい環境に居座る/無意識のうちに慎ましさを欠いている、という連想において。
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